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【町工場】のための税理士です。

 

 

町工場の経営は大変です。

 

日本の製造業は、大きな会社が下請け会社に安くものを作らせて儲ける。そういう仕組みになっています。

 

でも、ハッキリ言って、日本の製品のほとんどを「町工場」が作っています。

 

 

 

そんな町工場の経営は、ほとんどがしんどいところばかりです。

 

税務署向けに作る決算書ではきちんと利益が出ているかもしれません。

 

でも、お金は税務署向けの決算書とは無関係に増えたり減ったりします。

 

決算書では利益が出ていても、お金は足りない。足りない分は銀行から借りる。ということになります。

 

でも、銀行との付き合い方は、一つ間違うと町工場は消滅してしまいます。

 

では、銀行との付き合い方を誰が教えてくれるのでしょうか?銀行員でしょうか?残念なことに、銀行員は町工場のミカタではありません。

 

町工場のミカタになれるのは、事実上、あくまでも事実上ですが、「顧問税理士」だけです。

 

その顧問税理士が、実は町工場を苦しめています

 

 

一度、あなたの会社の顧問税理士に税務以外の相談をしてみてください。

 

とくに町工場経営の命ともいえる、銀行とのやりとり、つまり財務(ざいむ)について相談してみてください。

 

それらしい答えは返ってくると思います。

 

でも、その答えであなたの会社の銀行とのやりとりが改善することはありません。例えば、月々の返済額を減らしたい、という相談をしても、実際に返済額が減ることはありません。

 

では、新たに融資を受けたいとします。

新しい融資についても顧問税理士に相談してみてください。実際に動くのは社長であるあなたです。顧問税理士が特に何をしてくれるわけでもありません。

 

 

町工場の財務と事業承継をサポートしたい!!

 

では、なぜ僕がそこまで町工場のサポートをしたいのかについてお話しします。

 

僕自身が町工場の2代目経営者(候補)として、父の経営者としての、職人としての姿を見てきたからです。

 

父は、兄弟と一緒に町工場をゼロから作り、従業員150人にまで会社を成長させました。それだけ会社を大きくさせるには、当然銀行からお金を借りる必要がありました。

 

父は生涯、「資金繰り」に奔走していました。「資金繰りがしんどい・・・」とは一言も言いませんでしたが、もちろん資金繰りはしんどかったと思います。

 

2001年9月11日、いわゆる9.11が起こりました。

 

航空機テロです。

 

航空機が乗っ取られ、アメリカの有名なビルに航空機が突っ込んだわけです。結果的に、航空機の生産は一時ストップしました。

 

航空機の生産がストップすると、どうなるかというと、航空機の部品も生産がストップします。

 

航空機の部品をメインの売り上げとしていた当時の会社にとっては大打撃でした。もちろん資金繰りは悪化します。悪化どころではないですが。

 

このような資金繰りのピンチを、何とか乗り越えて会社は成長を続けました。

 

つまり、資金繰りさえ何とかなれば、会社は存続することができるわけです。

 

 

また、僕自身も鉄工所を継ぐ予定で父の会社に入社しました。

 

入社後は、フライス加工、検査、品質管理、営業、社長秘書を経験させてもらいました。

 

もちろん、加工技術はありません。

 

ただ、父が1代で築いてきた町工場、鉄工所がどのように成長してきたのかを実体験をもって知ることができました。

 

そして、父と一緒に働いてきた職人さんたちとの会話を通じて、本当にこの会社が好きになりました。

 

・・・

 

 

ところが、僕はこの会社を辞めるという決断をすることになりました。

 

いわゆる「あとつぎ問題」です。

 

詳細は省きますが、この「あとつぎ問題」が発生したことで、父のやってきた仕事は根底から消滅したのです。

 

町工場の現場では、現在、いわゆる「プログラム」で加工することも多いのです。

プログラムさえしっかり作れば、つまりマニュアルを作り、会社が回るしくみさえ作れば経営者がつとまる、と考える人も多いと思います。

 

ところが、実際にはそうではありません。

 

プログラムですべて加工できるなら、人件費の安い国で作ってもらってそれでいいはずです。でも、日本でしか作れないものも多いのです。その理由は、プログラムにできないところに、または、プログラムの作成自体に、「職人のカン」が必要だからです。

 

その「職人のカン」の集大成が父の会社でした。

 

前述の「職人のカン」のトップだった、父(ついでに二代目の僕)を排除しようとする動きに、勝ち目はありませんでした。

 

そこで、父と僕は会社を去ることに決めたのです。

 

この長いお話しの間、父も僕も誰に相談することもできませんでした。なんと、今の(当時の)日本には、「あとつぎ問題」は相談相手がいないのです。

 

これが、僕が実際に体験した、「あとつぎ問題」です。

 

こういう経験をした人でしか、「あとつぎ問題」「事業承継(じぎょうしょうけい)」は語れないと思っています。

こういう経験がない人からこの問題についてアドバイスを受ける場合は、十分に注意してください。疑ってかかってください。

 

 

だったらどうする?どうせ無理?

 

 

僕は、会社を去ることになって、しばらく考えました。

 

自分の状況は確かに、何もなくなった、心にぽっかり穴が空いたとはこのことかという状況でした。

 

でも、

 

こんな状況になったからこそ、

 

自分にしかできないこと、自分にしか助けられない人はたくさんいるのではないか?

 

と思いました。

 

それが、僕が税理士として独立したいと思うようになったきっかけです。

 

そして、今は父のような町工場の社長の「資金繰り」をサポートしたいと思っています。

 

「あとつぎ問題」と同じように、「町工場の資金繰り」をサポートできる税理士も、ほとんどいません。興味もありません。

 

 

だから、今度は僕があなたを助けます。

 

 

 

お問い合わせは、直接こちらからどうぞ。

 

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